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本質ではないことをこだわる理由

もう10年前になります。わたしがまだ会社員だったころの話です。

 

この会社では、店頭やコールセンターの品質調査、という案件を受注しており、わたしは営業担当として顧客との折衝や、調査員から集められる調査シートの推敲やデータのまとめ、を担当していました。

そして連日残業が続いていたのです。

 

残業する原因は、誤字脱字のチェックや漢字の統一ルールの徹底、レイアウトの調整といった作業。

100ページを超えるレポートの誤字脱字のチェック。もちろんあってはならない誤字脱字。

ただし、この作業に要する時間は余裕で半日かかります。

 

プラスして漢字の統一ルール。

たとえば「顔色をうかがう」という表現は「うかがう」なのか「窺う」なのか「覗う」なのか。

こういったルールを20個ほど作り、それに合わせて内容を確認するという作業。

これに要する時間は1日はかかります。

 

さらに資料はパワーポイントで作成していましたが、レイアウトの構成、図表の位置、フォントの統一等を調整。

これに要する時間は半日です。

 

当然仕事はこれだけではなく、他の顧客とのメールや電話対応等がありますので、仕事は中断される。

結局残業で対応してきたのです。

 

 

今にして思えば、この仕事の本質は顧客先の接客応対のレベルを掴み、改善の糸口を探り出す、というもの。

本来は、どこまで調査結果をもとに、シンプルに顧客の問題点や課題を提示するのか、ということを考えることを優先すべきですが、この議論や作成よりも、全体の見せ方に集中していましたね・・・

「見せ方」がいま一つだと、上司に注意されますし、顧客先からも指摘がばっちり入りますから。

 

 

もちろんレポート(制作物)のレベルは高めたほうが絶対に良い。

大手コンサル会社や監査法人のレポートを拝見する機会がありますが、第一印象は素晴らしいとしか言いようがありません。

見やすいし、各ページの統一感が素晴らしい。

ただし、完璧なものを提出するだけの価格を提示していますし、それだけのブランディングを行っているから、なんですね。